コラム:"ポール・ヘニングセン"とは 後編/[すべて正規品]デザイナーズ家具・ブランド家具通販・北欧家具通販【H.L.D】

CATEGORY/カテゴリー

CONTACT/お問合せ

メールでのお問合せ 実店舗のご案内

定休:土曜日・日曜日

REAL SHOP/実店舗

実店舗のご案内

CONTRACT/コントラクト事業

コントラクト事業のご案内

コラム:“ポール・へニングセン”とは 後編

“近代照明の父”ポール・ヘニングセンを探る

こちらのコラムでは、多大なる功績を残した“ポール・ヘニングセン”という人物にフォーカスし、その思想を2回に渡り探ります。彼はどんな生涯を送り、どんなきっかけであの名作たちをデザインしたのでしょうか?

前編は“ポール・ヘニングセン”という人物、そしてなぜ照明デザインを手掛けるようになったのかについて触れました。 後編では、終生にわたり協働関係を築き、今もなお世界中で愛される彼のデザインを送り出し続ける “Louis Poulsen/ルイスポールセン”社との歩みや、PH シリーズの核とも言えるPH 3枚シェードシリーズの誕生秘話について触れていきたいと思います。

EPISODE:3ルイスポールセンとの出会い

140年以上にわたり名作を作り続ける、照明ブランドのパイオニア

ポール・ヘニングセンを語る上で、“ルイスポールセン社”は欠かせない存在です。

1874年にワインの輸入業として創業したルイスポールセン。社名は創業者の甥の名前から取られています。その後一度閉鎖されますが、1878年に金物屋として再建。1891年にデンマークに発電所が建ったことから国内の照明に対する需要が高まり、翌年1892年には電機部門を設立し、アーク灯などの取り扱いをはじめます。そして、1917年にソフス・カストラップ・オールセン氏が会社を買収し、CEOに就任。照明器具の開発・販売をメインの事業にし会社を拡大しました。
アルネ・ヤコブセンやヴィルヘルム・ラウリッツェンなどといった、時代を代表するデザイナーたちと「形態は機能に従う」というスカンジナビアン・デザインの伝統にもとづく製品づくりを行い、多くの名作が誕生します。



同じ思想を持ったオールセンとヘニングセン

ルイスポールセン社とポール・ヘニングセンの出会いは、1924年のこと。当時のCEOであるソフス・カストラップ・オールセンは、革命思想を持つ急進論者であり、同じ思想を持ったヘニングセンと意気投合。その翌年の1925年には早速仕事として協働します。

開拓者精神あふれ、新しいもの好きのオールセンと、興味の幅が広く様々な分野に精通しているヘニングセン。この二人の出会いは、ルイスポールセン社に発展をもたらし、北欧の照明シーンの基礎を築きました。

ルイスポールセン



ルイスポールセン本社・ショールーム「Kuglegården」(コペンハーゲン, デンマーク)



ルイスポールセンの照明たち

EPISODE:43枚シェードのPH ランプ、誕生までの道のり

PH シリーズの基礎となった“3枚シェードのPH ランプ”。1926年の発表に至るまでの道のりは、決して簡単ではなく試行錯誤の連続でした。

1915〜1919
グレアを解決しようと試みた、ガラスの照明

PH ランプまでの道のりは、ヘニングセンがはじめて照明デザインを手がけた1915年まで遡ります。
弁護士の友人宅用に、アンピール様式のガラスシャンデリアをデザイン。ヘニングセンは、プリズムガラスによって起こる光の反射や屈折で上方に放たれる光の眩しさを軽減させようと試みています。
この他にも、ガスマン邸やレストラン・ローリーなどでも同素材を用いた照明を発表しました。

1919年にはカールスバーグ社のためにペンダントランプ、テーブルランプ、ウォールランプをデザインします。この時は、2枚重ねたトランペット型のガラスシェードで光の眩しさの軽減を図りました。

ヘニングセンは、照明デザインをはじめた頃からグレア(光の眩しさ)を和らげるためにどうすればいいのかを考え、 デザインとグレアの軽減を両立した照明のデザインを行っていました。 この姿勢は彼の終生に渡りぶれることがなく、信念の強さをうかがい知れます。

1920〜1924
金属を用いた照明で、試行錯誤の繰り返し

この頃、ヘニングセンはガラスから金属へとその興味と探求の場を移します。

1920年にはデンマークの街灯照明コンペティション「スロッツホルム ランププロジェクト」に参加し、「スロッツホルム ランプ」を出品。シェードに「放物線」を用い、複数のシェードで効果的な配光を目指します。完成品は1921年から1970年頃までスロッツホルム地区に設置されました。

翌年1921年には金属性のリングが層状になり球形に組み合わされた「球体ランプ」をデザイン。プリズムガラスのように反射・屈折などグレアカットを目的としていましたが、水平方向にしか光が届かないといった問題点がありました。

1924年には翌年に開催されるパリ万博に先がけてデンマークで行われた照明デザインコンペに「タイプ A」「タイプ B」を出品し、見事入賞を果たしています。またその後、楕円曲線、楕円曲線+放物線、自由曲線など曲線を組み合わせた「モデル機↓供↓掘廚噺討个譴襯董璽屮襯薀鵐廚肇撻鵐瀬鵐肇薀鵐廚鬟妊競ぅ鵝これらは、曲線を用いた鏡面仕上げの複数シェードで配光をコントロールしようという試みでしたが、鏡面の為反射光が強いという欠点があり、ヘニングセンの納得いくものではありませんでした。

1924年発表 モデル テーブル



1924年発表 モデル テーブル



1924〜1925
“パリ ランプ”の発表

1924年の末、パリ万博のデンマーク館展示ブースに設置されるランプのデザインを行います。 それが、「球体ランプ」を発展させた「パリ ランプ」です。 これまで配光を二次元の断面図で行っていたものを、立体角を用い三次元へ拡張。6枚シェードで3サイズのランプになりました。 このランプは数々の賞を受賞し、ヘニングセンの名を世界に轟かせました。 しかし、名声を得たランプにも配光上の欠点やグレアフリーの解決が出来ないなど問題があり、ヘニングセンは更なる実験を続けます。

1924年発表 パリ・ランプ

1925〜1926
“3枚シェード”の誕生

パリ ランプで生じた問題を解決するために、ヘニングセンは2つのプロジェクトの中で試行錯誤を繰り返します。

1つは「レストラン シュカーニ&ラ・ボータ」の照明デザイン。パリランプをベースに、マットな金属のシェードに葉の模様の装飾を施しグレアの軽減を図ります。

そしてもう1つは、1925年9月にコペンハーゲンに新しく建設された仮説展示ホール「フォーラム」用の制作した「フォーラムランプ」。このフォーラムランプは、今まで6枚あったシェードの数を3つに減らし、「対数螺旋」を用いることでグレアの問題を解決。さらに配光のコントロールも叶え、遂にPH シリーズの核となる「3枚シェード」のランプが誕生します。
一節によると1925年の冬が有力だと言われ、ヘニングセンは手近にあったカップ、ボウル、平皿を重ねてこのシェード原理の説明をしたとも言われています。

フォーラムを照らした照明は、複数のモデルとシェードサイズのランプシステムに発展され、一般向けにルイスポールセン社より発売。約100年経った今でも、様々なサイズ・フォルム・カラーで世界中のあらゆる場所で人々を暖かな光で照らし続けています。

1925年発表 フォーラム・ランプ



対数螺旋を用いることで、グレアフリーな照明を実現



3枚シェードの照明は様々なデザイン・フォルムで作られた(写真左:PH 2/1 ペンダント、写真右:PH 4/3 ペンダント)

EPISODE:5様々な場所で使われた、ヘニングセンのランプ

世界中で愛され続けているヘニングセンのランプは、様々な場所で使用されています。その一部をご紹介します。

  • PH 3枚シェード
    デンタルランプ

    1928年、PH 3/3・4/4タイプなど3種類を歯科医の為にデザイン。ランプには、滑車と調整装置がついておりランプは360°回転することが出来ました。

  • 灯火管制ランプ

    チボリ公園の主任建築家になって間もない1942年、戦時下に上空から直接光が見えない照明をデザイン。

  • チボリランプ

    1949年、戦争終結後の何もない時代ではありましたが、遊び心のあるデザインと回転するらせん状のデザインでチボリ公園を訪れる人々を昔も今も楽しませています。

その他にも、ヘニングセンと同時代に活躍したミース・ファンデル・ローエのトゥーゲンハット邸(1930年)、アルネ・ヤコブセンの H.I.K.テニスホール(1936年)、ボーエ・モーエンセンやフィン・ユール、ポール・ケアホルムなどの自邸でもヘニングセンのランプが見られます。彼の照明は、建築・デザインに精通した人々の心も虜にしていました。

デンマークの風景から見えるヘニングセンのランプ

現在のデンマークの風景にもヘニングセンの照明は息づいています。

  • 「ラディソンSASロイヤルホテル」のエントランスにはPH アーティチョークが上品な光を灯しています。

  • 「ラディソンSASロイヤルホテル」のレストランで見つけた、オパールガラスのPH ランプ。

  • 「レストラン・ヤコブセン」にはPH 5-4 1/2が使われていました。

  • コペンハーゲンの街並みにて。チラリと見えるのは、アーティチョーク?

  • 「クリスチャンスボー城」の執務室にはPH 5 ペンダントが。

  • 「チボリ公園」内で使用されていたPH 5-4 1/2。

EPISODE:6“クエスチョンマーク”が待望の復活

誕生までに多くの試行錯誤を繰り返し、失敗してもなおより良いものを生み出そうとする不屈の精神を持ち、 優れた配光やデザインで世界中で愛されているヘニングセンの照明。 この秋、その中でも現在現行品では見られない組み合わせとデザインを持ち、 ヴィンテージ市場ではあまりの人気から高値で取引されている「PH2/2 クエスチョンマーク」が期間限定で復刻を果たしました。

1931年に発表された"クエスチョンマーク"は、その名前の通り優雅な曲線を描く特徴的なステム部分が特長。1950年代半ばまで様々なバージョンで生産されていました。

PH 2/2 クエスチョンマークの詳細はこちら

期間限定で待望の復活を果たした「PH 2/2 クエスチョンマーク」



当時はフロアランプやライティングデスクランプなど、様々なフォルムのPH 2/2が存在しました

いかがでしたでしょうか?
様々なストーリーから、彼の人となりや偉大さ、デザイン業界に与えた影響の大きさを改めて感じることが出来ました。そして、様々なジャンルで活躍をする中、その視点の先には常に「使い手」がいるように感じました。

100年経った現在も大きく変わらないデザイン、そして長きに渡り愛され続けているのは、ヘニングセンの照明に対する思想が「使い手」に届いている結果だと思います。

ヘニングセンが試行錯誤し、必要な“もの”として作り上げた照明たちは、今も世界中の人々の暮らしを照らしづつけています。

ポール・ヘニングセンに関するコンテンツ