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who’s Eileen Gray

モダニズムを牽引した
アイリーン・グレイを紐解く

ル・コルビュジエやミース・ファン・デル・ローエと並び、モダニズムを代表するデザイナーのひとり、アイリーン・グレイ。

建築作品「E1027」や、そこで使われた家具は、今なお名作として世界中で愛され続けています。

近年では、E1027の修復・公開が進められ、コルビュジエとの関係を描いた映画が制作されるなど、あらためてアイリーン・グレイへの注目が高まっています。

アイリーン・グレイとは、いったいどんな人物だったのでしょうか?
その生涯と作品を辿りながら、彼女のデザインに込められた思想や魅力を紐解いていきます。

アイリーン・グレイとは?

  • アイリーン・グレイ

  • アイリーン・グレイは、アイルランドとスコットランドの貴族の家系に生まれます。23歳の頃、スレイド美術学校に入学。その後、友人とともにフランスへ渡り、エコール・コラロッシやアカデミー・ジュリアンなどの美術学校で絵画を学びました。

    絵画から“漆”の世界へ

    27歳の頃、母親の病気をきっかけにイギリスへ帰国。再びスレイド美術学校で素描を学びますが、次第に画家としての道に限界を感じるようになります。

    そんなグレイが出会ったのが「漆」でした。ディーン通りにある漆修理店で漆に興味を持ち、下働きをしながら職人の技を身近で学びます。その後、漆の技術をさらに学ぶためパリへ渡り、日本人漆芸家の菅原精造と出会いました。

    師弟関係となった二人は、やがてビジネスパートナーとして漆塗りの家具や屏風を制作。パリの社交界で高い評価を受け、グレイがデザイナーとして歩み始めるきっかけとなりました。

  • ジャン・デセールでも販売されていた「ウェンディンゲン ラグ」

  • インテリアデザイナーを経て、
    建築の世界へ

    1919年、グレイは帽子デザイナーのシュザンヌ・タルボットから、自身のアパルトマンのインテリアデザインを依頼されます。家具から壁面、照明にいたるまで、空間全体をグレイが手掛けました。

    このインテリアが建築家や批評家から高く評価され、デザイナーとしての地位を確立します。また、家具や装飾だけでなく、空間全体を一つのデザインとして捉える彼女の仕事は、トータル・インテリアデザインの先駆けともいわれています。

    1922年には自身のギャラリー兼ショップ「Jean Désert(ジャン・デゼール)」をオープン。店内では彼女が手掛けた家具をはじめ、スクリーン、照明、共同経営者のエブリン・ワイルドが織ったラグなどの展示・販売をしていました。特に人気だったのがラグだったのだそうです。

  • E-1027 邸

  • その後、「建築を含めて、空間そのものをデザインしたい」という思いを抱くようになり、建築デザインにも取り組み始めます。恋人であり建築家でもあったジャン・バドヴィッチとの共同プロジェクトとして、自身の別荘となる「E-1027」を手掛けました。暮らしそのものを中心に考えたE1027は、革新的な建築として注目を集めます。そして、この作品をきっかけに、グレイは家具デザイナーとしてだけでなく、建築家としても高く評価されるようになりました。

    グレイはより建築に専念するため、1930年に「ジャン・デセール」を閉店。1976年に亡くなるまで、自身の建築デザインを追求しました。

アイリーン・グレイを知る
2つのエピソード

  • ジャン・バドウィッチ

  • ジャン・バドヴィッチとE-1027

    恋人ジャン・バドヴィッチとの別荘「E-1027」の名前には2人のイニシャルが暗号のように隠されています。

    E = Eileen(アイリーン)
    10 = アルファベットの10番目「J」(ジャン)
    2 = アルファベットの2番目「B」(バドヴィッチ)
    7 = アルファベットの7番目「G」(グレイ)

    2人の愛情を感じられる名前ですが、別荘が完成して間もなく、2人は破局。静かに過ごしたいと思うグレイと、社交的で多くの友人を招いて楽しむことを好むバドウィッチは、お互いの価値観や性格の違いから別れを選ぶことになりました。その後、E-1027邸から離れたグレイは新たな別荘「Tempe à Pailla(タンプ・ア・パイヤ)」をフランス南部のカステラールに建て、創作活動を続けます。

    1930〜1931年、グレイはバドヴィッチのために、パリのシャトーブリアン通りにある小さなワンルーム・アパートを設計しました。また、1944年にはバドウィッチの提案により第二次世界大戦後のモブーシュの町の復興に向けた計画案を作成しています。恋愛関係が終わった後も、二人の間には建築やデザインを通じた関係が残っていたことがうかがえます。

  • ル・コルビュジエ

  • 尊敬しあっていた、コルビュジエとの確執

    アイリーン・グレイのエピソードで有名なのが、ル・コルビュジエとの関係です。グレイは、角型の分厚い眼鏡をかけた姿が“コルボ―(カラス)”のようだと感じ、“コルビュ”と呼んでいました。また、建築に関してもコルビュジエの考え方や書籍にも目を通して参考にしていたとされています。荒々しい性格のコルビュジエとは性格的に合わないところがありましたが、建築家としての思想には共感するところがあり、尊敬してあっていました。

    しかし、そんな2人を巡る事件が起きます。

    グレイとバドウィッチが破局した後、コルビュジエは客人としてE-1027邸に招かれます。その空間を高く評価し、たびたび訪れるようになりました。そして、E-1027邸内の白く大きな壁にバドウィッチに許可を得て8枚の壁画を描いてしまいます。コルビュジエにとって大きな白い壁は創作のための空間として捉えていたからです。

    しかし、グレイにとっては家具、照明、収納、カーテン、壁面に至るまで、建築とインテリアを一体のものとして設計したこだわりの作品です。屈辱とも感じられるこの行為をグレイは許すことができませんでした。尊敬しあっていた2人でしたが、この事件をきっかけに確執が生まれることとなりました。

アイリーン・グレイが
手掛けた家具たち

  • 1926Bibendum Arm Chair

    アイリーン・グレイが自身の別荘のためにデザインしたチェア。半円形のレザーを配置したデザインは、ミシュランマンの「ビバンダム」からインスピレーションを得て生まれたものです。

  • 1927Adjustable Table E1027

    E-1027を手掛ける際にデザインしたサイドテーブル。高さ調整可能な機能性とモダンなデザインが人気を集め、20世紀のデザインアイコンのひとつとなっています。

  • 1929Jean Table

    2つ折りの天板を広げることで伸長できるダイニングテーブル。恋人のジャン・バドウィッチの名前から取られたこのテーブルは、E1027でも様々な仕様で置かれていました。

  • 1932Menton Table

    カステラールにある自宅に置くテーブルとしてデザインされたもの。天板とフレームを回転させるだけで好みに合わせて2種類の高さに変えてつかうことができます。自宅では高いテーブルはダイニングシーンで、低いテーブルはテラスのサイドテーブルとして使用していました。

  • 1932Roquebrune Chair

    カステラールにある2件目の自宅のテラス用にデザインした椅子。コルセットのように締め付けられた背面が特徴的です。当初は青いキャンバス地を貼っていましたが、後に室内用のレザー張地を発表しました。

日本未発売の
名作たち

  • De Stijl Table

    デ・ステイルに影響され、彫刻的な造形と色合いが特徴です。デ・ステイルの建築家からも注目を集めました。グレイのお気に入りで晩年の居間にも置かれていました。

  • Aixia Chair

    グレイ自身も愛用していたお気に入りの椅子。自身のすべての住宅でこの椅子を使っていたといいます。

  • Brick Screen

    漆を用いたパネルを組み合わせた間仕切り。ニューヨーク近代美術館(MoMA)の永久デザイン・コレクションにも収蔵される、グレイを代表する作品のひとつ。

  • Non Conformist Armchair

    片側のみアームがつけられた非対称なデザイン。自由に身体が動かせることや、反対側に体を向けたりする際に、何の制約も受けないようにするなど、合理的な考えから生まれています。

アイリーン・グレイの言葉

“家は住むための機械ではない。”

ル・コルビュジエが「住宅は住むための機械である」と語ったのに対し、アイリーン・グレイは「家は住むための機械ではない」と語りました。

コルビュジエは住宅の合理性や機能性を追求しましたが、グレイはそこに暮らす人の身体や感情、自由までを含めて住まいを考えていました。

家は、ただ生活を効率よくこなすための箱ではなく、人を包み込み、その人らしい暮らしを支える「人間の延長」である…そんなグレイの思想は、家具や照明、収納まで含めて暮らしそのものをデザインしたE-1027にも表れています。

“未来は光があり、過去には雲しかない。”

アイリーン・グレイは、過去を振り返るよりも、これから生まれるものに目を向ける人でした。

晩年のグレイは、自分の私生活に関する手紙や写真などを自ら焼却したといわれています。過去の記憶や自分自身を残すことよりも、作品そのものを未来へ託そうとしていたのかもしれません。

また、グレイは、生前ジャーナリストに“物をつくることは好きだけれど、所有することは嫌い”と語っています。さらに、バドヴィッチとの破局した後も、名建築であるE-1027邸から離れ、新たな別荘「Tempe à Pailla(タンプ・ア・パイヤ)」を建てています。過去にとどまるのではなく、新たな環境と作品をつくり出していく。そんな彼女の姿勢が、ここにも表れているように思えます。

過去にとらわれず、常に新しい可能性を探し続ける。その姿勢は、90歳を超えてもデザインを続けたグレイの創作を支える力のひとつだったのかもしれません。

いかがでしたでしょうか。
アイリーン・グレイの生涯と作品を辿ると、モダニズムの思想を取り入れながらも、単なる機能性や合理性にとどまらず、暮らす人の自由や心地よさを見据えてデザインしていたことが見えてきます。

100年近く経った今も色褪せることのない、彼女の自由な発想と美意識。
その魅力を、ぜひこれからの暮らしの中でも感じてみてください。

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