H.L.D. オンラインストア スタッフが、
毎月ひとつの名作=マスターピースに思いを馳せるコラムです。
肩の力を抜いて、普段のページではあまり書くことのないようなことを語ります。
仕事や家事のひと休憩や、帰宅中の電車の中、くつろぎの時間の合間など
是非、気軽にご覧ください。
第15回 “普通”という、ポジティブな言葉
“普通”ってなんだろう。
わたしはあらゆる場面でそう思うことがよくあります。ありふれていることやもの、一般的であること…という意味なのですが、わたし自身の中で“普通”でない場面もあったりするので、たやすくこの言葉を使わないようにしています。
さらに言えば、モノやデザインに対する“普通”という言葉は、これまでネガティブな印象しかありませんでした。どこにでもある、面白みがない…というイメージがあり、好ましい言葉ではないなと。ただ、今回ご紹介する椅子に関して言えば、“普通”という言葉が似合うのかもしれないと思いました。
ジャスパー・モリソンがデザインした「APC」。温かさと鮮やかさのあるアルテックのチェアからインスピレーションを受け“あの空気感に加えて使いやすさも考えたチェアを作ろう”と考えて作られた、豊富なカラーバリエーションが魅力のプラスチックチェアです。置くだけで空間の印象を変えてくれるような鮮やかな色合いが魅力的で、過度な装飾もなくシンプルな佇まいです。
“スーパーノーマル”という言葉を耳にしたことがある方もいらっしゃると思いますが、この言葉はジャスパー・モリソンが掲げるデザインの哲学とされています。親交の深い日本人デザイナー深澤直人と共に「スーパー・ノーマル展」という展覧会を開き、その言葉とその哲学によって生まれたプロダクトを広く伝えてきました。
スーパー・ノーマルとは、暮らしに馴染み、時代に淘汰されることなく長く愛される“デザインしすぎないデザイン”という考え。流行のデザインや一見で目を引くようなデザインは、一度は多くの方を魅了することができるけれど、時代の流れに合わなくなったり、見飽きてしまうことがあります。飽きずに長く使っていきたいものは、実はシンプルで“普通”のデザインなのではないでしょうか。
ただ、“普通”だからといって、簡単な発想で適当に作られているわけではありません。
APCチェアに関しては、設計に2〜3年、製造に5〜6年かかったそうです。ジャスパーのこれまでのプラスチックチェアは完成品を型にした状態で1つのパーツとして作られるものが多かったところ、APCはフレーム、座面、背もたれの3つで構成されているため、技術開発に時間がかかったのだそう。そして、カラーは少しトーンが暗めのフレームと少し明るめの座面・背もたれの2色で構成されています。わずかに異なる2色を組み合わせることで、一見シンプルだけど単調になりすぎず見飽きることがありません。
“デザインしすぎないデザイン”は、試行錯誤しながら、細部までこだわりを持って作られているのです。
ジャスパー・モリソンのAPCをはじめ、スーパー・ノーマルなデザインに触れることで、“普通”という言葉にネガティブだけでなくポジティブな意味も見いだせた気がしました。“普通”に見えるけど、その裏にある探求心や努力、技術などが詰まったこの椅子は、まさに“スーパーノーマル”という言葉がふさわしい名作だと思います。
家具だけでなく、食器や日用品などにもスーパー・ノーマルなものは隠れています。何気なく使っているけれど、“これ”じゃないとしっくりこない…そんな隠れたスーパー・ノーマルを探してみてください。より家具やモノに愛着が沸いてくるはずです。
(text:オンラインスタッフ M)